会社での評価制度って親の評価システムと同じなんじゃね?
o(`ω´ )o「A、あいつは良い奴だ」
( ・∇・)「Aさんはとても仕事のできる人ですよ。」
(☝︎ ՞ਊ ՞)☝︎「A?アイツは全然仕事ができねぇ奴だよ(笑)」
人の評価って相手によって全然違うって感じたこと、ありませんか?僕は誰かに何か言われるとそれが自分の絶対の評価だと思い、気分が沈むことがしばしばあります。しかし、評価というものは人によってマチマチです。
冷静に考えれば、なぜ仕事を獲得する際にコンペがあるのかといえば、どこ案が良いかなんて、人によってそれぞれだからです。だから決める権限のある人が複数人集まり、プレゼンを聞いて多数決や会議で最終的に決定するんです。
このように評価というのは非常に曖昧な概念なのです。社会に出れば職場の人、特に上司の評価で出世や給料が変わっていくこともしばしばあります。しかし、上司の評価は本当に正当な評価なのでしょうか?
そしてこれについては、親でも同じことが言えるのではないのでしょうか?
そもそも評価って何よ?
僕は良く親から変わっているとか、「お前はおかしい」と評価されていました。
しかし、自分が親に言われたことを友達に聞いてもらったり相談すると「いや、それは親が悪いよ。」「それって親の方がおかしくない?」という意見もいただきます。
結局のところ、親の評価というのも家という狭い環境の中で評価されるものであって自分の思い通りにいかないからそうやって言う親もいます。
何が言いたいかと言いますと、一つの環境で評価されたことが全てではないと言うことです。職場の評価というのも、あくまでその職場での評価なのです。だからといって
「僕は仕事ができるんだ!本当の僕はこんなんじゃない」
とか言いたいわけではないですよ。僕が言いたいのは、あまり一つの世界にのめり込まない方が良いよということです。評価というのは、あくまで他者が自分の主観と他の人の意見で作り上げているものにすぎないのですから。
環境のポートフォリオを作ろう
僕は、あまりできていないのですが、株式のように自分の居場所もリスクヘッジとしていくつか作ったほうがいいですよ。
そうすることで自分の様々な面を知ることができるし、何か嫌なことが一つの居場所であったとしても逃げることができます。そもそもいじめやブラック企業が生まれる理由はここなんじゃないかなと思います。
自分の居場所がここしかない、ここから逃げられないという状況がいけないんだと思います。そして唯一の居場所だと錯覚させられている中であまりにも酷い仕打ちや評価を受けることで自分をすり減らしてしまうのです。
居場所が増えれば、世界が広がります。いろいろな人に出会えます。出会うことで強くなり、多くの人の考えが自分を作り上げて行きます。それが大人になるということなのではないのでしょうか。
自分はまだまだ子供なんですけどね(`・ω・´)
自分の評価を気にせず、自分を作ろう
一番いけないのは、自分で自分をここまでだと評価してしまうことです。自分の評価は所詮無数の人間が、1人1個ずつあなたに対して作り上げているものにすぎないのですから、自信を持ちましょう。
僕も弟に「多分、自分に自信がないと生きていけないんじゃない?」と励まされました。確かにその通りです。
「それでもまだまだ自分に自信がないんですけどね。」
それに、自分の価値を見いだせるかは自分次第です。僕も「お前は1人じゃ何もできない」と言われてきましたが、人並みに1人暮らしができるようになりました。そしてこれからは見出した価値をいかに活用するかです。う●こだってお金になるのですから
tanilistmistvalley.hatenablog.com
そして投資でも10万弱ですが、勉強して増やすことができました。そして今度はこのブログを成功させようと挑戦しています。
お互い、何者にもなれないかもしれませんが、一緒に頑張って行きましょう!
ちょっと気合でブログ更新をしようと思ったので、文章がグダグダかもしれませんが最後までお付き合いいただきありがとうございました。